医療DX推進におけるデータ連携と課題~患者・医療従事者双方のメリットを得るために~

本記事は2025/09/08に更新しております。
医療DX推進におけるデータ連携と課題~患者・医療従事者双方のメリットを得るために~
世間では、デジタル化に加えて業務改革や新しいビジネスの創出につなげる「DX」が話題です。医療の分野でも、「医療DX」が注目されています。

医療DXの推進には、様々なシステムとの「データ連携」が欠かせません。「様々なデータを連携すれば、もっと良い医療を提供できる」このように考える方も多いでしょう。しかし、実際には、データ連携は一筋縄ではいきません。データ連携は、なぜ進まないのでしょうか?

本記事ではデータ連携にフォーカスを当て、現状と課題を提示します。併せて、データ連携の課題を克服する方法と、得られるメリットも解説します。「医療DX」に興味のある方は、ぜひお読みください。

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医療DXとデータ連携の基礎知識

医療DXとは、医療だけでなく保健や介護の分野も巻き込むDXです。ITやデジタル技術を活用して、より良い医療を目指す取り組みであり、以下に挙げる5項目の実現を目標としています。

・国民の更なる健康増進
・切れ目なくより質の高い医療等の効率的な提供
・医療機関等の業務効率化
・システム人材等の有効活用
・医療情報の二次利用の環境整備

患者に最適な医療を提供するためには、個々の患者に関する情報を、院外で蓄積されたデータも含めて、適時適切なタイミングで参照できることが求められます。また、医療と介護のデータを密にやり取りすることで、対象者に合った対応を実現できることも、データ連携が求められる理由のひとつです。医療DXを進めるならば、データ連携を避けることはできません。

国は、医療データ連携を推進するため、さまざまな施策を取っています。以下はその一例です。

・オンライン資格確認の導入(健康保険証や医療費助成など)
・全国医療情報プラットフォームの構築(電子カルテ情報共有サービスなど)
・標準型電子カルテシステムの開発
・電子処方箋

また、医療データの連携にあたっては、標準規格の整備が必要です。厚生労働省では標準規格の策定や標準型電子カルテシステムの開発など、規格の標準化に取り組んでいます。

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医療データ連携の現状と目指す姿 ~何がどう繋がるのか~

医療において連携の対象となるデータは、以下のとおり多種多様です。

・健康保険に関する情報
・電子カルテに記載された情報
・院内で行った検査の結果
・処方箋の内容や、患者の服薬情報
・健診データ
・予防接種情報
・レセプト
・医療費の助成

すでに、全国218の地域で、地域内で医療データを連携する「地域医療情報連携ネットワーク」が存在しています。全県単位のネットワークが27ある一方で、79のネットワークでは参加する医療機関が少数であるなど、必ずしも活発なデータ連携が行われているとはいえません。また、診療所では、電子カルテを導入していない箇所も半数近くにのぼっています。

一方で、個人レベルで医療のデータ連携を活用できる「PHR」(Personal Health Record)もあります。しかし利用率は17%(2023年)。広く活用されているとはいえません。

国は、医療機関や薬局、医療保険者(協会けんぽ、後期高齢者医療広域連合など)の間だけにとどまらず、行政や介護事業所、民間のヘルスケアサービスとの情報連携も目指しています。蓄積された情報を行政職員や研究者が活用できる基盤を提供することで、公衆衛生や医療に関する産業の振興にも役立てる予定です。国が目指す「全国医療情報プラットフォーム」を、以下に示します。

出典:エヌ・ティ・ティ・データ経営研究所「民間PHRサービスの現状と課題に係る調査等について」
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現場を悩ます「データ連携」の壁 ~推進を阻む7つの課題~

より良い医療を実現する、また医療DXを実現するうえで、医療データの連携は重要です。しかし、現場では、連携がなかなか進まないケースも少なくありません。

データ連携の推進を阻む項目は、7つあります。どのような課題があるか、順に確認していきましょう。

課題1:システムの壁(ベンダーロックイン、標準規格の未導入・非互換)

データ連携は、システムそのものの壁に阻まれるケースもしばしばあります。以下のように、院内にサーバを置くオンプレミス型のシステムが使われているケースも多いでしょう。

・オーダーメイドのシステムを活用している ・パッケージシステムに対して、カスタマイズやアドオンを加えている

新しいシステムの導入は、既存システムとの連携が重視されます。他社で魅力的なシステムがあっても、稼動するシステムとベンダーを揃えなければならない「ベンダーロックイン」の壁に阻まれる場合もあります。高額な費用を余儀なくされる、または、導入を断念せざるを得なくなるかもしれません。

医療機関向けのシステムには、国際規格や厚生労働省が定めた標準規格があります。しかし、広く活用されている標準規格は「標準病名マスター」など一部に限られます。データ入力用の書式や、デジタル画像に関する項目の標準化も進んでいません。

データの書式が異なるシステムどうしの連携は新たなシステムの構築やツールの活用を要するため、データ連携のハードルとなります。

課題2:費用の壁(導入・改修コスト、費用対効果の不透明さ)

システムに関する費用も、データ連携を阻む大きな壁のひとつです。その費用は、しばしば数百万円から数千万円、またはそれ以上になる場合もあります。加えて、毎年の保守・運用費用も、悩みのひとつです。医療機関では、自院で価格を決められないものも多いため、利益の確保は簡単ではありません。このため、システムの導入や改修費用は簡単に捻出できません。

このような状況でシステムに関するプロジェクトを進めるためには、事前に費用対効果の保証を得ることが求められます。しかし、事前に十分な費用対効果を確認できるとは限りません。

「本当に導入して費用対効果を得られるか」という疑念を持つままの状態で、データ連携に踏み切ることは難しいかもしれません。

課題3:運用の壁(入力負担増、業務フロー変更への抵抗)

データ連携の実現には、システムの運用面における壁もあります。新たなシステムへの入力が必要、システムへ入力する項目が増えるといった負担の増加は、現場からの抵抗を招く場合もあります。

データ連携の導入により、業務フローが変わることへの抵抗も見逃せません。

運用の壁を越えるためには、業務軽減などのメリットを考えることが必要です。

課題4:セキュリティの壁(個人情報保護、サイバー攻撃リスク)

セキュリティの確保も、データ連携の壁となる項目です。医療機関が保有するデータには、個人情報が数多く含まれるため、高いセキュリティの確保が求められます。一方で、医療機関が保有する情報は、悪意ある者のターゲットとなりやすいことに留意が必要です。このため医療機関は、サイバー攻撃の標的となるリスクがあります。

データ連携の実現には、これらの課題をクリアしなければなりません。

暗号化などセキュリティに関する知識を学ぶ必要があることも、実現に向けた壁のひとつです。

課題5:制度・法律の壁(関連法規の複雑さ、責任の所在)

医療機関の業務は、多種多様な規制を受けています。例えば、個人情報保護法は、患者の大切な個人情報を守るうえで重要な法令です。データ連携の導入により、法令違反となる事態は、ぜひとも避けなければなりません。

一方で、法令の正確な理解は、簡単ではありません。法令によっては頻度高く改正されるものもありますから、変更に追随することも求められます。

課題6:人材の壁(ITスキル不足、データ活用人材の不在)

日本医師会では、2024年12月25日に公表した「診療所における医療DXに係る緊急調査 結果」において、全体の91.9%の医療機関でICTの知識を持つ人材が不足していることを示しています。64.1%の施設では、医師が診療の傍らシステム対応を行っている状況です。
このような状況では、データ連携の施策を打ち出しにくく、推進もしにくいでしょう。

出入りのITベンダーから提案がされない限り、データ連携のきっかけをつかめないかもしれません。
出典:公益社団法人 日本医師会「診療所における医療DXに係る緊急調査 結果」

課題7:意識の壁(連携メリットへの理解不足、変化への不安)

人は「いつも通り」であることに安心感を持つ一方で、変化に対して漠然とした不安を感じがちです。データ連携への支持を得るためには、変化への不安を上回るメリットを提示することが求められます。

データ連携がもたらすメリットの理解が不足する状態では、「そもそも変える必要があるか?」と思われて、なかなかデータ連携への支持を得ることは難しいでしょう。
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課題克服への処方箋 ~データ連携の実現に向けたアプローチ~

データ連携を阻むさまざまな壁や課題は、工夫を凝らすことで解決に導くことが可能です。ここからは「データ連携の実現に向けたアプローチ」として、国や医療機関、医療に関係する法人が取り組める解決策や、現場でできる工夫を紹介します。

標準規格(HL7 FHIR等)導入の推進と補助金活用

国はデータ連携を推進するため、標準規格を定めています。標準規格に基づくシステムを利用することで、データ連携をスムーズに行えます。他院から受け取ったコードの変換をどうするか、悩む必要はありません。

標準規格の一例を、以下に示します。

・医療情報システムの厚生労働省標準規格(「標準病名マスター」など)
・HL7(電子カルテなど、医用文字情報の標準規格)
・HL7 FHIR(アメリカ・HL7協会が開発した、医療情報交換のための新しい標準規格)
・DICOM(医用画像情報の標準規格)

電子カルテについては「標準型電子カルテ」を用いることも含まれます。

標準規格の導入には、しばしば多額の費用を要します。補助金の活用により、医療機関が支払う電子カルテの導入費用やコンサルタント費用を抑えることが可能です。

国や地方自治体が公表する情報を、こまめにチェックするとよいでしょう。

セキュアな情報連携基盤の利用(HPKI等)とガイドライン遵守

医療データの活用においては、有資格者だけが閲覧できる仕組みの構築が不可欠です。ガイドラインの遵守はもちろん必要ですが、人間の注意力やモラルに頼ることには限界があります。

公的に構築されているセキュアな情報連携基盤の活用は、おすすめの方法です。医療に関する国家資格の保有者に発行される「HPKIカード」では、以下の事項に対応できます。

・地域医療連携システム等へのログイン
・電子署名(電子処方箋など)  
セキュアな情報連携基盤の利用により、データの安全性を保ちながらより良い医療の実現に活用することが可能です。

業務フローの見直しと効率化ツールの活用(AI-OCR、音声入力等)

データ連携の実施により、業務の負担が増える事態は、好ましくありません。業務フローを見直し、タスクシフトを積極的に進めましょう。併せて、ITツールの活用により業務効率化を図ることがおすすめです。

ITツールやITサービス 活用するメリット
AI-OCR 手書きの書類を自動で読み取ることで、入力作業の手間と時間を大幅に削減。入力の誤りによるトラブルも防げる。
ビジネスチャット 離れた場所にいる職員どうしがコミュニケーションを取れる。情報の一斉送信も可能。
グループウェア 院内で共有したい情報を、セキュリティを確保しながらどこでも閲覧できる。
音声入力システム キーボードを使わなくても、音声で情報を入力できる。電子カルテなどの入力に便利。
RPA 定型的な業務を、職員の代わりに自動で実行できる。省力化や人手不足の解消に役立つ。
医療機関ごとの事情に合わせて、適するシステムを選定する必要があります。

院内研修・勉強会の実施と外部専門家との連携

データ連携のスムーズな実現には、職員の理解が重要です。検討の初期段階から勉強会を開催し、多くの部署を巻き込む取り組みを行うと成功に近づきます。外部専門家のアドバイスを受けることも、適切なシステムを選ぶうえで重要な要素です。

データ連携は、現場でスムーズに使えることも重要です。導入する前には院内で研修や勉強会を行い、使い方の習得を支援しましょう。

研修や勉強会の実施にあたっては、外部専門家と連携を深めておくことがおすすめです。現場の実情に即したノウハウを提供してもらえるでしょう。

スモールスタートによる成功体験の積み重ね

データ連携は、たとえ十二分に準備を進めていたとしても、いきなり院内全体で導入することはおすすめできません。実践すると机上の計画では出てこない、多種多様な課題に直面します。院内の様々な部署から苦情が噴出すると、データ連携の中止に追い込まれるかもしれません。

データ連携を成功させるためには、スモールスタートがおすすめです。一部の部署、一部の業務に限ってデータ連携を進めることで、以下のメリットを得られます。

・問題発生時の影響を抑えられる ・本格導入に向けた課題を整理できる ・成功体験を積み重ねられる
データ連携は一部の部署や業務から進め、トライアンドエラーにより品質を上げながら、院内全体に展開することをおすすめします。
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データ連携がもたらす未来 ~患者と医療機関、双方のメリット~

データ連携は、患者と医療機関のそれぞれにメリットをもたらします。代表的なメリットを確認していきましょう。

患者が得るメリット

医療のデータ連携が幅広く行われることで、患者はさまざまなメリットを得られます。以下のメリットは、比較的実感しやすいでしょう。

・重複する検査や薬の処方といった、余分な医療費を支払わずに済む
・健康診断などの結果やPHRをもとに、迅速で適切な診断や治療を受けられる
・救急や被災時など、いざというときに迅速な情報共有を受けられる
・自らの健康に関する様々なデータにアクセスでき、主体的に健康管理を行える
日常的な健康管理だけでなく、医療費を節約する、自らの命を守るといった、多種多様なメリットを得られます。

医療機関が得るメリット

データ連携は、医療機関にもさまざまなメリットをもたらします。

・業務の負担軽減(データの探索や入力に要する時間を削減する)
・業務のミス軽減(転記ミスの削減など)
・チーム医療や多職種連携の円滑化
・AIなどの連携による、診断や治療の精度向上
正確かつスピーディーでより良い業務を遂行できることを、大きなメリットととらえる医療機関も多いでしょう。
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まとめ

医療におけるデータ連携は、中長期的に見ると避けて通れません。しかし、現在は、仕組みや制度を整えている最中です。業界標準の手法が普及すれば、データ連携を行いやすくなるでしょう。
データ連携により、患者には納得してもらえる医療を、職員には働きやすい環境を提供できます。様々な課題はあるものの、今後、さらに進化していくでしょう。
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この記事を書いた人

稗田恵一
大学ではAIの基盤となるニューラルネットワークについて学び、その後、IT業界14年、設備管理業務2年の経験を有する。うち10年間は会計・人事・給与業務のパッケージ企業において、企業向けのカスタマーサポートやシステム提案業務、自社のシステム管理業務に携わる。2017年より執筆業務を始め、BtoBの分野を中心に多数執筆。記事のわかりやすさには定評がある。 
田中雅人(ITコンサルタント
監修
田中雅人(ITコンサルタント

ソフトウェアメーカー取締役、IT上場企業の取締役を経て、現在、合同会社アンプラグド代表。これまでに、Webサイト制作、大規模システム開発、ECサイト構築、SEM、CRM、等のWebマーケティングなど、IT戦略全般のコンサルティングを30年以上実施。現在は、大手上場企業から中小企業まで、IT全般のコンサルティングを行っているかたわらWebマーケティングに関するeラーニングの講師、コラム執筆なども実施。

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