ここからが本題です。
本記事の材料は、当社が2026年から進めている業務システムの導入前検証の記録です。
導入前検証とは、本格導入を決める前に、実際の業務データや帳票を使って「この業務がシステムに載るか」を試す取り組みで、一般にPoC(Proof of Concept=概念実証)と呼ばれます。対象は9社、業種は製造・卸売・小売・建設・商社・ソフトウェア開発・教育、従業員規模は15名から2,300名まで幅があります。このうち、要件定義まで進んだ2件を取り上げます。
あらかじめお断りしておくと、以下は導入によってどれだけ効率化したかという効果の報告ではなく、設計段階で何が決まり、何が決まらなかったかの記録です。効果測定はまだ行っていませんが、そのぶん、一般的な導入事例では表に出てこない「決まらなかったこと」まで把握できています。
案件A|見積から請求までを1つのデータでつなぐ
| 項目 |
記録内容 |
| 業種 |
ソフトウェア開発業(金融系) |
| 従業員規模 |
100〜200名規模 |
| 対象業務 |
見積・受注・納品・請求(帳票6種) |
| 推進体制 |
総務部門2名。情報システム部門は関与せず |
| 検証ステータス |
検証予定 |
| 観測時期 |
2026年7月 |
この企業の現行業務は、Excelマクロ(Excelの操作を自動化する簡易プログラム)による9ステップの連携で回っていました。

流れを追うと、まず営業担当が作成した見積情報を総務部門が受け取り、見積管理用のマクロに入力します。すると見積番号が自動で採番され、見積書と注文書が出力されます。次に、そのデータをマクロで納品書・受領書のシートへ引き渡し、同じように番号を採番して出力。さらに請求書のシートへ引き渡して請求番号を採番し、請求書と検収書を出力する——という流れです。
一見すると複雑ですが、この現行フローを文章で書き出しただけで、要件定義書の「業務要件」は8割方埋まりました。
ここに実務上の教訓があります。「あるべき姿」を白紙から構想して書き始めるより、いま実際に動いている手順を1ステップずつ書き出すほうが、圧倒的に早く進みます。すでに存在する業務には、誰がいつ何をするかという情報がすべて含まれているからです。
- 最終的に出来上がった要件定義書・基本設計書の目次は、次の5構成でした。
- 業務概要(現行フローと課題、新業務フロー)
- 要件一覧
- マスタ設計(項目定義)
- マスタ設計項目タイプ
-
- 帳票出力レイアウト(見積書/注文書/受領書・納品書/請求書/検収書)
3の「マスタ設計」とは、システムが扱うデータの入れ物を設計する作業のことです。どんな項目を持ち、それぞれの項目名を何とし、どういう順番で並べるかを一覧にします。この案件では、その一覧が316行になりました。1行が1項目にあたるので、316個の項目を定義したということです。
テンプレートを見て「項目が多すぎるのでは」と感じた場合、それは多すぎるのではありません。帳票6種類を1つのデータ構造に載せようとすると、この規模になるのが自然です。実務がその粒度で動いている、というだけのことです。
案件B|取引先の署名を伴う帳票を電子化する
| 項目 |
記録内容 |
| 業種 |
商社(家庭用品) |
| 従業員規模 |
300〜500名規模/全国20拠点 |
| 対象業務 |
取引先の確認を伴う帳票3種 |
| 対象部門 |
商品物流本部20名程度。ITリテラシーは「Excelに入力して帳票として印刷する程度」 |
| 情報システム体制 |
本部内に情報システム担当部門あり。ただし今回の検証には関与予定なし |
| 既存システム |
基幹はAS/400。グループウェア付属のワークフローは機能不足で見送り |
| 既存システム補足 |
AS/400はIBM製の業務用サーバーで、現在はIBM iと呼ばれます。1988年から続く製品系列で、基幹業務を長年安定稼働させてきた企業に多く残っています |
| 検証ステータス |
要件ヒアリング完了、検証予定 |
| 観測時期 |
2026年7月 |
こちらのマスタ設計は151行でした。案件Aの半分以下の項目数です。ところが、
難易度は案件Bのほうが高くなっています。
理由は2点あります。1つは、社外である取引先が業務に関与すること。もう1つは、基幹システムとの連携が要件に含まれることです。
項目数の多さと設計の難しさは、必ずしも一致しません。関与する相手が社外に及ぶかどうか、既存システムとつなぐ必要があるかどうかのほうが、はるかに大きく効いてきます。